鬱ブログ

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アンケートで1番投票があったのでこのタイトルで書きます。



始めに言っておくと僕はメンヘラではありません。











最近すごく心が苦しくなる悩みがあります。

女の子関係というか、僕は基本的にその事でしか病みません。勉強とかスポーツとか仕事とか、そこそこ上手くいっている上に、それらはちゃんと努力に見合った結果がくるので、ダメでも「もっと頑張らないと」とポジティブに向き合うことができるからです。



ただ女の子や人間関係ってあんまりそういうのがなくて、やっぱり相性だったりルックスだったりそれなりに頑張ったからなんとかなるものでもないんです。




じゃ死ぬ気で努力したの?って言われるとそうではないと思います。最近気付いたのは、女の子にガツガツとアタックすることは努力でも何でもなくて、本当の努力っていうのは好かれる努力の事なんだなと感じます。







女の子に一生懸命声をかけて、努力したのに実らねぇって嘆くのはお門違いもいいとこだったんですね。この話をするとまた別の長い話になりそうなのでこんなもんで終わらせます。







前のブログでも言ったんですが、彼女の話がやっぱり1番重いところです。


今回はひたすら愚痴というよりは、何が辛いのか、なんで辛いのかを具体的に紹介していきたいと思います。僕はメンヘラではありません。







ある最近の例を1つ挙げたいと思います。


その子はインスタをやっていて当然フォローフォロワーの関係にあります。






ついこの間こんな投稿をしていました。


内容は、

女の子の友達とライブに行ってきた最高だった的な


もっと言うとそのアーティストさんに関しても少し説明がありました。


とある曲にどハマりし、そこからそのアーティストを好きになったそうです。






アーティストはZeddという人でどハマりした曲はClarityと言う曲です。


このアーティストはまぁ正直誰でも知ってるというか、この人の曲は絶対何個か聞いたことあると思います。





そんなClarity という曲ですが、サビの歌詞にこんなフレーズがあります。




If our love is tragedy, why are you my remedy?

If our love is insanity, why are you my clarity?


(私たちの愛が悲劇なら、どうしてあなたに救われちゃうの?

私たちの愛が狂ってるなら、どうしてあなたといると世界がハッキリ見えるの?)





意訳するとこんな感じだと思います。


このフレーズだけでハッキリと男性と吹っ切りたいけども心の奥ではその人が大好きで忘れられない女性のニュアンスが伝わってきます。





ここでの僕の思考はこうです。




(この曲が大好きなら多少なりともこの歌詞に共感してるに違いないそして「忘れられない男」は少なくとも俺じゃないつまりこいつには別に忘れられないような男の存在がいて、だからこそ俺に100%の愛をくれないんじゃないか…)







気分はドン底です。


起承転結の起と結だけ言うと、




「その子のライブ楽しかった投稿」「僕が病む」




ということになります。




内容が何であれ、とにかくこの子が投稿すると最終的に「僕が病む」結果になるのです。





「◯◯ちゃんと××行ってきた!」

(ふーん、そういうところ行きたかったんだ俺に全然そういう話してくれないし大体会うのはいつもカフェとかだし俺とは一緒に行っても楽しくないのかなその上俺に直接報告とかもしてくれないんだな…)


とかです。






これはほんの一例ですが、一度その子に不信感を覚えてしまうと、その子の投稿内容、投稿時間、既読や返信のタイミング、リプライでの友達とのやりとり全てに何か意味があるんじゃないか、そしてそれを全て自分にとって悪い意味に考えてしまい勝手に病むということが本当に多いです。




間接的な表現をすることが美徳とされるこの国で培われてしまった歪んだ思考、そんな状況に陥ってしまうと直接的な方法に逃げたくなってしまうのです。




不信感を覚え、全ての挙動に深読みをするようになると、ちゃんと「好き」って言ってくれないと本当にその人を信じられない気がしてきます。




こうなってしまうとドツボです。こっちがそういうことを確認しようとするとすごく嫌がられたり「重い」と言われたりします。連絡も希薄になってしまいます




そんなことまでわかっているなら直せばいいしその子を切ればいいと言われればそうなのですが、やっぱりたまにでも会ってくれて楽しく話せると最高にハイになってしまうんです。




完全に無視を決め込んでくれるならこっちの気も離れるのに、やはりそれをさせてくれないあたりが本当に苦しいです。








ちょっと引いた視点に戻ります。

そもそもなんで彼女というか、近しい異性が必要なんでしょうか。



女の子と一緒にいて何が楽しいのか少し考えてみました。


単純に可愛い子、綺麗な子を見ているのは心が癒されていいですよね。


一旦そういう要因を消した時、何を楽しんでいるのか自分を省みてみました。








最近連絡を取っている女の子大半、いや全員にボルダリングパルクールの動画を送りつけています。それぞれまぁイキり散らかしています。なんというか結局問題はそこで僕自身の目的というか楽しみ方がただ自分のやってることをイキってドヤる、つまり女の子を承認欲求の対象としか見てないっていうところに問題があるんじゃないかと思います。


(衝撃の事実を今日一緒に飲んだ子から聞いたんですけど、パルクール動画見せて「こういうのやってる男実際かっこよくね?」と聞いたら「別に() 怪我とか怖いし」って言ってました。ここ最近で一番ダメージ食らいました。)




そんなことばっかしてて人が離れて、「愛されてない」って嘆くのは相当ヤバいやつなのでは?っていう自覚は少しずつ出てきました。



運動は楽しいです。ほんとに心から好きなのですが、今運動をする1番の目的がそれをネタにイキることだったりsnsに投稿することになってる気がして辛いです。





承認欲求は生きる上で絶対必要ですが、やはり時と場所、頻度をわきまえないといけないなと感じました。




もっと人の話を聞けて広げたり盛り上げたりすることが今後の僕の人生において、恋愛面でも仕事面でも大事になってくるなぁと思ってはいるもののイキるのが生き甲斐なのでそんな悶々とした最近の毎日です。









とにかくデメリットしかない今の彼女との関係を終わらせることが目標です。まだ大好きなんで何も言いたくないんですけど、ほんとにそろそろ動かないと精神的にヤバいと思ってます。他のもっと自分を気にかけてくれる人を見つけてそういう人と一緒にいたいなって感じです。












とあるマッチングアプリで何人か会う約束とかしてるのでそこでは自慢やイキりじゃなくて、もっと好きなアーティストとか番組とかの話題を広げられたらいいですね。最近ずっと聴いてるClarityって曲とか、すっごい素敵な曲だし話題も広がると思いませんか?

https://youtu.be/IxxstCcJlsc